アポロニア21
編集長コラム2019

4月号

このところ、少し鎮静化した感がある厚生労働省を中心とする統計の不正問題。

統計の不正は、単なる事務の不手際から、統計専門家の不足など組織上の問題、さらには上部機関への忖度や部門間の無意味な競争などによって深刻化していきます。公共部門による統計の不正は、もちろん政策決定などにマイナスの影響を及ぼしかねないものですが、事態が進むと極めて重大な結果をもたらすことになります。

中国が1950年代末から60年代初頭に経験した、大躍進政策によるとされる飢餓の背景には、そのような統計の不正があったことが知られています。『毛沢東の大飢饉』(フランク・ディケーター著、草思社)によれば、当時、中国はアメリカの経済を追い越すと息巻いていたソ連へ対抗するために、大衆動員によって鉄鋼などでイギリスの生産力を追い越すと豪語。現実離れした予測を基に過大な目標を現場に押し付けた結果、4,500万人もの餓死者が出る事態になったというのです。

ある生産現場で成果の報告が上がると、他からも競うように報告が上がってきます。これらが積み重なった結果、実は国内には農産品も工業製品もなくなっているのに、「供給過剰になる」との予測まで生まれ、飢餓の只中なのに外国に輸出してしまうなどして、状況が悪化したのです。

一つ一つの統計の不正や見過ごしは大きなものでなくても、積み重なると取り返しのつかない被害を社会にもたらしかねません。歯科においては、「う蝕が減っているのか」「そうでないのか」という基本的なコンセンサスすらあまり確立していない感があるため、統計の重要性は論を待たないのではないでしょうか。

今回の特集は、スタッフマネジメントと働き方改革への対応を重点的に取材しました。働き方改革にはまさに統計の問題が関わっているため、慎重に考える必要があると感じています。

(水谷)
3月号

オリンピック競泳での活躍が期待されていた池江璃花子選手が白血病との闘病を公表。世界中から応援のメッセージが届いています。アスリートは極限まで心身を追い込むので、逆に不調に気付きやすく、早期発見につながった可能性もありますが、いずれにせよ、病気からの確実な快復をお祈りしたいと思います。

池江選手と比べる話でもありませんが、私も昨年11月に下咽頭がんが見つかり、12月に手術をしました。

入院中、「仕事はどうしようか」という思いが頭を離れませんでした。本誌の制作に支障が出る、同僚に迷惑がかかるといった責任感だけでなく、もっと卑近な話で「収入が途絶えるのではないか」という不安も強かったのです。

ちょうど、EUの社会保障改革を推進しているパリ政治学院教授のブルーノ・パリエ氏のレポートを読んでいた際、「公的医療制度が出発した当時、どの国も傷病手当金の支給が中心だった」という記述がありました。

1940年代は医療技術も未発達だったので、医療費支出を手当てするより、病気で仕事ができなくなるリスクを回避する方が現実的だったということです。現在では、多くの病気が治るようになる一方、医療費が高騰。結果、傷病手当金が医療制度の支出に占める割合は、どの先進国も10%未満にとどまるようになっています。

私の場合、会社と同僚がサポートしてくれることになり一安心ですが、条件によっては、なかなか職場復帰が難しいケースもあるのではないでしょうか。そのような場合、傷病手当金が大きな意義を持ちますが、年々、適用が厳格化されつつあると聞きました。

今回と次回の特集で、深刻な人手不足を取り上げます。「景気が良いから人手不足になる」というのがこれまでの常識でしたが、日本の場合、労働生産性が著しく低いという事情もあります。ちょっとした工夫やデジタル技術の活用で、人手不足を補うことも検討に値するかもしれません。

(水谷)
2月号

私の前職は、医学系研究機関で医学の歴史を研究する仕事でした。そのためか、歯科界に身を置くようになって、疑問を覚えることがいくつかありました。

一つが「最終補綴」という言葉。医療は、検査、治療計画、介入、再評価という一連の流れで継続し続けるものと考えていたので、「最終」という言葉を聞いて、「終末期医療で提供される入れ歯のことか?」と思ってしまいました。

「最終補綴」とは、プロビジョナルで咬合や審美性を確認した結果、作品として完成形だと判断される修復・補綴の処置のことだと教わったものの、なかなか納得がいきませんでした。当時、歯科商業雑誌やスタディグループで、美麗な「最終補綴」が供覧されていたのを思い出します。

もう一つは、「予知性」という言葉。これには、修復・補綴物の持ちを予測するニュアンスがあり、インプラント補綴の分野を中心に国際的に用いられています。つまり、「こちらの方が長持ちする」と予想できると、「予知性が高い」と表現されることになります。

どちらも、修復・補綴物の存在を無視しては成り立たない歯科医療の特性だといえますが、ここ数年、歯科医療の業態が明らかに変化してきました。主たる原因は、歯周病が主要対象疾患となり、内科的なアプローチが必須となってきたことだと考えられます。

実際、歯科医師国家試験でも、医科準用の出題内容が目立つようになり、定量的な検査を実施して、再評価で経時的変化を追うという診療の流れが定着しており、時代の流れを感じます。

今回の特集は、器材とグッズについて。LDAリサーチで取り上げられた約160品目のリストには、なじみのある製品、診療に役立つ製品が少なくないのではないでしょうか。「器材選びにコツはない。まず使ってみて、これはいいという直感を大切にする。目利きになるためにはこの繰り返しが必要」という言葉に、重みを感じました。ご一読いただければ幸いです。

(水谷)
1月号

日本歯科医師会が8020運動30周年記念事業の一環として制作した映画『笑顔の向こうに』が、第16回モナコ国際映画祭でグランプリを受賞しました。

事業に関わった先生によれば、「ノミネートされることが当面の目的だったのに、その後、どんどん事態が進行していった。予想外の展開に驚いた」とのことです。本当に、おめでとうございます。

私はこの映画をまだ見ていませんが、歯科技工士、歯科衛生士の仕事の大切さが見る人に伝わるよう工夫が凝らされた作品だと聞いています。歯科医療現場の魅力を多くの人に知ってもらうきっかけになればと期待しています。

現在、深刻な求人難が続く歯科界ですが、求人に成功している歯科医院、法人に共通して、サイトなどを通じて「職場の楽しさ」「仕事内容の格好良さ」を訴求していることが分かります。歯科界全体で見れば、歯科技工士、歯科衛生士という仕事の魅力が、今回の映画を通して発信できれば、さらに優秀で野心的な若手が、歯科医療現場に集まってくることでしょう。

考えてみれば、映画に登場する歯科医師の印象はあまり良いものがないように感じます。

「タービンを握ると人格が豹変する」「麻酔なしに歯を抜こうとする」といったホラー的な描写か、「ミスター・ビーン」に出てくるように「主人公にからかわれてドタバタに巻き込まれる」といった、ちょっと間抜けな存在として笑いの対象となることが多かったように思います。

まして、歯科衛生士・歯科技工士を全面に押し出して仕事の素晴らしさを演出するという今回の映画のような企画は、あまり前例がないのではないでしょうか。

『笑顔の向こうに』をきっかけに、歯科医療が「魅力的」で「格好良い」ものだと認知されることを願っています。

今回は新年に当たって、砂盃清先生、荒井昌海先生、島村泰行先生による医院経営の座談会を掲載しました。約6年前と同じメンバーで、定点観測的に変化を追うことができました。ご一読いただければ幸いです。

(水谷)